Quote posted on 5.18.13
“ 嫌な奴と縁を切るって大事 ”
Quote posted on 5.18.13

日本のTVは、NTSCという規格を採用しています。
この規格は、1秒間に60フィールドという更新を行っていますので、最大限で考えると、1秒間に60回の問い合わせを行う事で、ゲーム画面との同期が取りやすくなります。

今のPS3やXbpx360の様なゲーム機の場合は、その問い合わせを1秒間に60回行っていると思いますが、当時のファミコンの場合、60回にしても、全く意味がありませんでした。
だって、そんなに精度を要求する様なゲームではなかったですからね。

よって、この問い合わせの回数を半分に減らしたのです。
それが1秒間に30回という数値でした。
その問い合わせに対して、ボタンを押した信号を返すわけですから、1秒間に15回以上ボタンを押しても意味が無いのです。

ただし、先に書いておきますが、これは「スターフォース」の場合です。

スターフォースは、1画面上で最大3発のショットしか表示出来ませんでした。
私がデモンストレーションを行ったとき、連射を見せる場合は、自機を上に移動させて連射をしていました。
これは、最初のショットがすぐ消える様にするための演出だったのです。

もしも、自機が下位置に合った場合、3発撃った最初のショットが画面上部まで移動していって、画面から消えるまで、次のショットが撃てないのです。
よって、連射によって、連続で撃っているというシーンを見せる事が出来ません。


そこで敵が出現するまでの間、出来る限り上に移動して、連射をしていたのです。

それでも、最大で15発でした。

スターソルジャーの場合、当時の副社長である工藤浩さんから、
「今、高橋の連射が人気なのだから、子供にもそれに挑戦してもらった方がいいんじゃないか?」という提案があったので、プログラマーの野沢さんが、それに対処する様に、問い合わせ回数を増やしたのです。
よって、スターソルジャーの場合は、1秒間に16連射が必要なラザロが誕生したのです。

どういう回数の問い合わせ要求をさせたのかは、私には分かりません。
スターソルジャーの場合は、最大で5方向の弾が撃てたので、1画面での表示数も、スターフォースと比べると数倍にもなっています。

まぁ、スターフォースとスターソルジャーでは、メモリー容量が2倍有りましたからね。

こんな説明では、わかりにくいかもしれませんが、

「ファミコンって当時、1秒間に15フレームだったんで高橋名人の1秒間16連射って意味ないんですよw」

という話題に関しては、スターフォースに関しては正確な情報だけども、スターソルジャーの場合は違っている。という結論になります。

Quote posted on 5.17.13

60分話すのではなく「5分ネタを12本話す」と考えて5分ネタを徹底的に磨きあげろというのが著者の方法論である。特に磨くのは「ツカミ」である。これは3分である。漫才師が最初の3分で笑わせられなかったら放送されることはないのだから、と元吉本興業らしいノウハウを話す。

「「ツカミ」のネタは、必ず台本を書いてください。文字にして、推敲してください。アドリブに任せるのはあまりにも危険です。そしてそのネタを必ず自分でビデオ撮影して、客観的にその三分で心を奪われるかどうかをチェックしてください。」

そこまでやるのか…。

講演では5つのSが大切といい、

1 Story
2 Simple
3 Special
4 Speed
5 Smile

の5ポイントを挙げている。最後のSmileはお客さんを笑顔にするという意味である。ユーモアや笑いというのは、経営者向けの堅めの講演でも、実はかなり重要な要素だと思う。

Quote posted on 5.17.13
“ 新しいデザインは必ず単純な形をしています。人間は考えることができなくなると、モノを複雑にして惰落していくのです。 ”
Quote posted on 5.17.13
“ 939 名前:(‘A`) 投稿日:2005/08/07(日) 22:54:51 0 
今、フジテレビで無人島に住んでる人のが出てたけど名言を言った。
「皆が居るところで孤独なのは辛いですが、誰も居ないところで孤独なのは楽しいですね」 ”
Quote posted on 5.17.13

私の婦人科系の出費がかさんでいて、我が家はあまり裕福じゃない。
だから息子には申し訳ないんだけれど、おもちゃなんかはお誕生日とクリスマスの年二回しか買ってあげてないんだ。
息子が6歳の誕生日に「欲しいものは?何でも買ってあげるよ。」って夫婦できいたとき、息子が言ったのは「妹か弟が欲しい」だった。
「ボクはこの先一生おもちゃ買って貰えんでええけん、弟妹が欲しい。」
ごめんね。
あなたに弟妹をあげられないお母さんでごめんね。
子宮が無くてごめんなさい。ごめんなさい、許してね。
頭が真っ白になってしまって、親の癖に取り乱して息子に縋り付いて泣いて謝ってしまったんだよね、私。
息子はビックリして「お母さんを泣かせてごめんなさい。」って泣きだした。
親としてなってないよね、私。息子を傷つけたよね。本当にバカだった。

この前の、子供の日。夫の親・兄弟・親戚、一同が集まった席でいつものように始まった大合唱。
「一人っ子はかわいそう」「ロクな大人にならん」「今からでも第二子は遅くない」「今の医療なら、なんとかなるやろ?」
困った顔をして薄笑いを浮かべてテキトーに生返事をしてやり過ごすしか私達夫婦には方法がありませんでした。
うっかり事情が知れたら、もっと傷つけられる。ああ、仕方無いが、我慢しよう、嵐が過ぎるまで・・・そう思ってた。

その時、今年小5の息子が、鋭い口調で言い出した。
「ロクな大人の ロク って何さ?」「嫌そうに聞いてある人間に嫌な言葉を言い続けるのが ロク なんか?」
「ここにいるみんな、おれ以外はみんなキョウダイがいるロクな大人やろうもん」
「ロクな大人の ロク がこういうことなら、おれはロクな大人にならんでよか!」
「ああ、よかったったい。おれはロクな大人になれん一人っ子で」
「ちぃーともかわいそうなこと、なかやっか。一人っ子ばんざい!」
一同が静まり返ってきまり悪そうに視線をアチコチに泳がせ始めた時
「母さん、おれを産んでくれてありがとう。一人だけでも俺を産んでくれてありがとうな。」
照れくさそうに言って、ちまきを2~3個引っ掴んで、
「△△のうちに遊びに行ってくるったい。いってきまーす!」飛び出していったよ。

次の週
「今日と明日は、おれが家事やるけん。母さんはゆっくりしときー。母の日やけん。お金かからんいい孝行やろもん。おれってあったまいー。」
今、息子は昼ごはんにとホットケーキを焼いているようです。
でもね、母の日のプレゼントは先週にもう貰ったと、私は思っているんだ。
えへへ、親馬鹿だけど、いい息子に育ってくれてうれしくて。誰かに聞いてもらいたかったんだ。

Quote posted on 5.17.13

有名なのはZyngaのやり方だ。

彼らは1000人いたら、10人ずつ100チームの小チームを作り、全員で同じゲームを並行して開発する。

会員数が100万人いたら、それを100分割して1万人が実は細部の異なるゲームを遊んでいる。


その中で、性能を評価する。チーム12のゲームは継続率が高いが課金率は低い、チーム72は課金率は高いがARPU(一人当たり課金単価)は低い・・・などなど。


性能評価の結果、生き残ったチームの「作品」が、あるタイミングで100万人全プレイヤーに対して提供される。


そしてまた100万人を100分割して、それぞれのチームが改良フェーズに入る。

その繰り返しだ。


このやり方をどう思うか、ということだ。

昔ながらのゲームクリエイターなら、「ふざけるな」と言うだろう。


「ゲームは俺の魂だ。魂の奏でるロックなんだ」という主張をするだろう。

それはそれで正しい。だから僕は9leapを作った。


しかし一方で、エンジニアとしての僕は、このやり方をとてもクレバーだと思った。

これは、プログラミング技法のひとつ、「遺伝的アルゴリズム」の適用だ。

Photo posted on 5.17.13
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“ ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。
壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」
そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」
一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、 いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう ”
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